小江戸あれこれ

小江戸綺譚(ジャンク&ディープな雑記)

風が語りかけます

埼玉県民の合言葉。
道ゆく人に「風が語りかけます」と語りかけてみよう。
それが埼玉県民以外の人だったら、まず怪訝な顔をするであろう。無視もするだろう。
あるいは「こいつは下手に怒らせたらまずい」と引きつった笑顔を向けるであろう。
それが谷川俊太郎だったら「木も水も、ほらそこに生えてる草だって語りかけます」とか面倒くさく返してくるだろう。
しかし、それが埼玉県民だったら、こう答えるはずだ。
「うまい! うますぎる!」と。
埼玉テレビでしょっちゅう流れている、埼玉銘菓・十万石まんじゅうのCМだ。
脳裏への刻みつき度で言えば、今まで見たCМの中でもトップクラスの名コピー。というよりサブリミナル効果といってもいい。
ただその知名度の割には、食べたことのある人に出会ったことがないのがなんとも不思議だ。
ちなみにこのCМは、プオーというほら貝の音から始まるため、埼玉県民の三分の二は、ほら貝の音色を聞くと「風が語り……」と頭の中でオート再生するようにプログラミングされている。

チャリジー

ロボジーという映画があった。ヒットしたのかしてないのか判断に困るくらいのヒットをした。川越はチャリジーだ。チャリバーもいる。
あなたがいつか車で川越を走る機会があったら注意していただきたい。
もちろん、チャリジーとチャリバーにだ。
おれはもうトラップと呼んでいいと思う。

川越は穏やかな街だ。その点に関しては非常に評価している。
しかしそのせいなのだろうか、ただでさえ狭い道路を無自覚に危険運転で走るチャリが多すぎる。
チャリジーやチャリバーが引き起こした軽い渋滞もしばしば見る。

ヤン車や外車などを率いるかのように先頭を走るチャリジーを見るのは、それはそれで妙な爽快感と面白さもある。だがドライバーとしてはたまったもんじゃないだろう。
特に仕事に遅れそうな朝の時間帯では、そのストレスやいかに、といった感じだ。
なぜこのチャリジーはこんな早朝によろよろ走っているのだろうか。その背中からは目的がなにも見えてこない。
本当にこの時間にチャリに乗る必要があったのか。歩きではダメだったのか。
なにを問いかけても、その背中は無言を貫くばかりだ。
埒があかねえとばかりにクラクションで注意を促した結果、血の気の多いチャリジーの逆ギレにあった車も見たことがある。
それじゃあ、一気に抜かすか? とのドライバー心理を読んでいるかのように、チャリジーは巧みな蛇行運転をはじめる。車道歩道もなんらおかまいなしだ。その動きは見ようによってはトリッキーですらある。
ドライバーは苛立つだろう。いっそ轢いちまうかとの考えが頭をよぎるかもしれない。
待て。冷静になれ。玄関で見送ってくれた三歳の愛娘の顔を思い浮かべろ。おれには抱えるものがいくつもある。こんなところで人生を台無しにすることはできない。
でも轢きたい。超轢きたい。一気に轢きたい。
そんなアウトレイジな感情をみなぎらせた車を何回見たことだろうか。
いつもは優しいパパを狂気に導く、そんなチャリジーに乾杯。

渋滞シルエット

八っちゃん

川越探索を楽しむうちに、いつかあなたは目にするかもしれない。
オレンジの着物の男を。
若い笑点フリークは「お、林家たい平だ!」と思うかもしれない。
ベテラン勢は「いや違う、あの、ちゃっらーの。えーとたしか、ちゃ、こ……こん平だ!」と声をあげるだろう。
だがそれは間違っている。

オレンジの着物の正体は「八っちゃん」だ。
たい平でも「ちゃっらー!」でもなく、八っちゃんだ。
ここ川越で揺るぎない地位を築きたいご当地番組「ちょっ蔵お出かけ・まちかど情報局」のメインMCだ。
顔は解散したファンキーモンキーベイビーズの真ん中の人(手を叩いたり上げたり叩いたりしている彼)と笑点のピンクを足して割ったような(若干ピンク多めで)感じだ。
隣に立つバブル期はそこそこ遊びましたといった感じの女性は、相方のみかねぇだ。

観たいテレビもサイトもない、語らう友達もいない夜。
ふと回したケーブルテレビにオレンジは現れる。
一見、愛らしいその顔とは裏腹のマジな目がサスペンス。
この感覚はパンダの目のマジさを知ったときのそれに近い。
え? やっぱりパンダかわいいだと? じゃあこれを見てくれ。
いやごめんよ、パンダはもういいんだ。問題は八っちゃんだ、八っちゃん。ほら、泣くなって坊や。

八っちゃんはいかにも面白いことを言いそうな雰囲気を持っている。そして格好を見ればわかる通り、落語家・古今亭志ん八という噺家としての立派な肩書きもある。これで面白くないわけがないではないか。
しかし、それがあるのだ。平気で、あるのだ。八っちゃんは平然と余裕で面白くないのだ。いやスベってるわけではない。もう無邪気なくらい「普通」で「無味」なのだ。「八っちゃん」の「っちゃん」の部分の陽気さやユーモアなんて微塵もない。「八さん」「八氏」くらいの無味さだ。
視聴者が抱いた期待やイメージを片っ端からぶち壊すように、なんの工夫もひねりもないコメントを吐き続けるその姿はロックですらある。そこらの落語家にはこんな期待の裏切りかたはできない。並の神経じゃねえ。

それでも「次こそなにかありそう」と視聴者に思わせるのが八っちゃんのタチの悪さだ。
常に打つ気満々、一歩足打法の構え。話にうなずく表情はギャグを繰り出すタイミングを計る笑いのハンターだ。だから期待してしまう。
そして、見逃す。堂々と見逃す。
振らないから、空振りもしない。
チャンスボールがこようが平気で見逃す。
でも打つ気は満々の構え。
そんな彼に焦らされて身をよじらせているうちに、あっさり番組は終了する。
小悪魔だ。オレンジの着物を着た斬新な小悪魔だ。
なんとかしてくれそうで、なんともしてくれないみかねぇの目も、よく見ればパンダのそれだ。

一日に同じものを数回、さらにそれを一週間連続で放送し続けるという、現代的ミニマムミュージックのような放送形態。
このなんとも言えない焦らされ方、歯がゆさは言葉だけじゃ伝わらない。
見るたびに新たな発見と虚無感が広がる、中毒性の高い番組だ。ご覧あれ。

一本足打法シルエット

市村正親 & 篠原涼子 夫妻

世の演劇人から称賛されまくりの大俳優・市村正親氏。
実は正親さん、おれの出身中学の先輩である。
何年も前に赤心堂病院の前を歩く正親氏(たぶん)を見たことがある。
その日、おれは当てもなく虚ろに歩いていた。
すると向こうからド派手なウエスタンブーツを履いた良くも悪くもオーラぷんぷんの天然パーマの紳士が歩いてくるではないか。
いやあ関わりたくねえなあ。
と思っていたら、よく見れば先輩じゃないか。
反射的に思わず、チョリーッスって頭下げる寸前までいった。
でも自分、生来のシャイなんで、虚ろなまんますれ違いましたッス。
(P.S. ディズニーランドで売ってるあの長いお菓子、チュロスだかチョリスだかわからなくなるッス。)

その後、林家正蔵(前までこぶ平)や林家三平(同じくいっ平)などそこそこな林家たちを生で見たが、あの時の興奮にはほど遠かった。それどころか妙に体がだるくなった。
むしろ、いっ平にいたっては見かけたとき、なぜか若者にからまれていた。
いやでも、正親マジで格好よかったです。

そして篠原涼子だ。これは自分の中でも半信半疑なのだが篠原涼子だ。
例の大震災から数日後、計画停電で灯りの消えた川越をおれは当てもなく虚ろに歩いていた。
すると前から夕暮れ時にも関わらず、どでかいサングラスをした女性がチャリでゆっくり走ってくるではないか。
いやあ関わりたくねえなあ。
と思ってる間にチャリはもう目の前。
右にかわすおれ。しかし、おれの動きを読んだかのように同じ方向へ突入するチャリ。
おれはあわてて左に方向転換。するとなんてこった、チャリも鏡のように同じ動きだ。
気遣いのできる二人がすれ違うときに起こる、例のあうあうした感じ。
日常的に多発するジャンガジャンガ(アンガールズ)である。
おれが心の中で「はい! ジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガ――」と唱え出したそのとき、
「ごめんなさい!!」との透き通った声。
女性の「ごめんなさい」で許さない男は許さないがポリシーのおれは、「ぼくが西村賢太ならアバラいってますよ」とジェントルな笑顔で返したのである。
どこかで会ったような既視感。その声、サングラスで目は隠れていたが顔全体のつくり、髪型。
「わー篠原涼子だあ!」と気づいたおれが声を上げたのは、チャリが去って十五分後であった。
異常事態の中で起きた異常事態だっただけに、正直、やっぱ人違いかなあという思いはなくはないが、会う人会う人に、篠原涼子とジャンガジャンガしまくったと話しまくってしまったから、もう今さら後には引けません。

ジャンガジャンガ

発砲スチロール・アート

あれは三年ほど前だった。
おれは雨の中、自転車を全速力でこいでいた。
なぜ全速力だったのかは忘れた。そういう年頃だったんだろう。ただこの辺りを通るなんて超ひさしぶりだな、と思っていたのは覚えている。
だからそのときはまだ、この静かな故郷に異変が起きていたなんて知りもしなかった。
そして菓子屋横丁を過ぎたあたりでふとなにかの気配を感じた。

横を見るとカバがいた。口を開けていた。
いやーカバですねー。
むつごろうならそう目を細めるだろう。口に頭を入れてみるだろう。
だがおれはちがう。白目で絶叫だ。

かばのハリボテ かばのハリボテ

後日調べたら、カバ以外にも、カメレオン、うさぎ、カエル、鳥などがいた。全員巨体でコンセプトがまったくわからない。明らかに「パン君」なチンパンジーの題名が「チンパンジー」というところに、大人の事情が見え隠れする。
どうやらヤジマキミオ氏なる川越出身のアーティストの作品らしい。
ホームページを見た限り、最高傑作は「プロゴルファー」に間違いない。ここまでピンポイントで特徴を盛りこんで、「いしかわ君」でも「りょう君」でもなくて「プロゴルファー」というのはむしろ強気だ。

もうこのノリで「ネズミのつがい」「アヒルのつがい」という題で小江戸をディズニー色に染めていってほしい。あわよくば「ネコ型ロボット」「弱虫メガネ」で藤子テイストに、「魔女」「飛べる豚」「なう鹿」でジブリ色にと変幻自在に変えていってほしい。
川越がおれの好きな方向に面白くなってきている気がする。
ただカバの設置位置は、悪意と紙一重のいたずら心を感じる。

カバのハリボテ

あの日のおれの視点。この五秒後に悲劇。たぶんここ十年で一番おどろいた。

カバのハリボテ

勘弁してください。

屋根の上のマネキン

中学へ向かう通学路の途中に彼らはいた。
彼らはいつだってキラキラした笑みを絶やさずに、学校へ向かうおれのことを見送ってくれた。
ひょっとこのお面とおかめのお面をつけて。
あの屋根の上から。

本当に彼らはいつでも笑顔だった。豪雨にさらされようと、雪が頭の上にこんもりと積もってちょっと面白いことになっていようとも。
「雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ 人間ドモニ ヒョットコノオメンヲ着ケラレッパナシの屈辱感ニモタエ」を体現するその姿に、いったい何度励まされたことだろう。

イキイキと静止する。
日本語としておかしく思えるが、彼らの姿をひと目見たなら、決してこの表現が間違っていないことがわかるだろう。
なんていうか、躍動感あふれる静止状態だ。少なくとも中学へ向かうおれの目よりかは、ずっと生気のある目をしていた。

残念ながらもう撤去されてしまって、その姿を拝むことはできないが、それでも彼らは今なお、おれの心の中でやたら鮮明に生き(座り)続けている。
宝島社のVOW(街のダハハな景色を投稿するサブカル本)に掲載されたことからもわかるように、いい具合のシュールな面白さは、玄人好みな川越の街にあって子供から笑いをとれる数少ないスポットのひとつだった。ぜひとも復活を望みたい。
ただいくらか苦言を呈させていただくと、夜に屋根の上にたたずむ姿はマジで不気味すぎだった。というか闇に紛れたハッピ姿は、ほとんど鼠小僧状態だった。
まあ、あと受験シーズンのテンパった状態で見るあのノー天気な笑顔は、なんだか無性にムカついた。
でも偏差値が上がらなかったのは君たちのせいじゃないよ。
妖怪のせいだよ。

マネキン

川越七不思議

おれが川越のことを調べていると、知人の女性が「妖怪ナイトツアーってあるっぽいよ」と教えてくれた。「川越七不思議ってのもあるよ」とも。
あら、それおもしろそうとおれは食いついた。そしてネットで調べた。
とりあえず今年度の妖怪ツアーは終わっていた。まあそれはいい、今夜にもひとりで歩けばいいことだ。
万が一に備えて、おふだを握りしめていこう。特技の般若心経も唱えながらいこう。防御も考えてフルフェイスのヘルメットでいこう。
もう絶対、逮捕!
交番でしどろもどろになりながら「よ、妖怪とか探してて……」みたいなことにならない為にも、ひとりツアーは中止にして、おれは七不思議を調べ始めた。
そして川越城七不思議喜多院七不思議の合わせて十四不思議があることを知ってしまった。

どんなのか早く話せよ、というお気持ちもおありでしょうが、実はお気づきの通りリンクを貼ってしまったんでやんすよ。
これはおれの想像性の乏しさと、都市伝説系怪談を想像していたせいだと思うんですが、うーんピンとこないというか、これじゃないんだよなあといったノリきれない気分なのでありんすよ。
要するにおれは、現代進行形の七不思議を欲していたのだと思う。走る天海像とか、亀屋の店舗の中にひとつだけ鶴屋があるとか。そんな万が一でも目の当たりにできるチャンスのあるものを欲していたのだろう。それがすべて過去完了形だったので気分ががっくりパンツ(川越言葉参照)だったのだろう。
ただその中で強いて目を引いたのを挙げるとすればこれになるだろう。

霧吹きの井戸

「井戸からでてくるものといえば?」
そんな全国アンケートをとるまでもなく、1位はどうせ「貞子」だ。「水」にいたってはすでに殿堂入りだ。この安定感あるツートップは崩せない。
ちなみに貞子はテレビからでてくる部門と合わせて二冠達成だ。次は引き出しや押し入れから出てくるかもしれない。そうなったら怖いというより、ドラえもんに近い。
まあ貞子は置いておこう。 それにこの井戸からは水も貞子も出てこない。出てくるのはなんと霧だ。

そう、これは川越七不思議のひとつ、霧吹きの井戸だ。昔々、川越城が敵に攻め込まれてピンチになると、不思議なことにこの井戸から霧が出て目くらましをしたらしい。
え、それで? それでじゃない。以上だ。
ほら、がっくりパンツでしょ。ただ現物が残っている強み、その一点において今回挙げさせていただいた。ちなみに場所は市立博物館の敷地内になる。

さるハリボテ うさぎとかえるハリボテ カメレオンのハリボテ 鳥のハリボテ

不思議度でいったら、きみたち優勝。

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