食べ物

小江戸・川越(のおれの)の食事情

うなぎ

川越はうなぎの名店揃いだ。駅から一番街にかけてはもちろんのこと、相当離れたところにも多数の名店がある。
幼少期、おれはうなぎが大好物という渋い子供だった。そして小さい頃のおれは可愛かった。うなぎと言えばうなぎ屋に行かせてもらえるくらい可愛かった。誰もがおれをうなぎ屋に連れて行きたがった。おれは味をしめて、誰であろうがうなぎをねだった。

たぶん、五歳までに一生分のうなぎを食べてしまったのだろう。いつしかおれはうなぎを見ると頭痛を覚えるようになっていた。
しかし子供は無垢だ。サンタクロースを信じるかのごとく、うなぎが好きな自分を信じていたいという自分もいて、おれは無理やりうなぎを頬ばり続けた。
そして、うなぎのオーバードーズが起きた。体の中でうなぎが暴れ狂っている。うなぎの乱だ。
毎晩枕元にうなぎがでてきて、うなされ続けた。
そしてある夜、例によってうなぎ屋に連れて行こうとする大人たちに、おれは涙ながらに宣言した。
「うなぎが嫌いです」と。
スラムダンクの名シーン、「バスケがしたいです」の逆をいくパターンだ。
今思えば、あれは子供が新しい階段を上った瞬間なのだろう。自分から好きになり、自分からフッた。それは人生初めてのプレイボーイな経験である。相手はまさかのうなぎだ。

とにかくうなぎは美味い。だからこそ美味いがゆえのドラマも生む。おれ自身しかり、「ごんぎつね」しかり。

いちのや

ぎょうざの満州

餃子の王将の勢いがすごい。それは知ってる。でも行ったことないんですよ。埼玉には満州があるから。
もちろん「3割うまい」のキャッチコピーのあの満州ですよ。キャッチコピーの意味がいまいちわからない、あの満州ですよ。

とにかくここの店のすごさは、埼玉県民の「おふくろの味」にまで浸透しているところだ。
ちょくちょくある特売日の持ち帰り用生餃子の値段は、12個250円。家で作るより安くて簡単でうまいんだから買いますよ。仕事帰りのお父さんにメールで頼みますよ。
そしてまたそろそろ餃子食べたいなあってときに、次の特売日がくるわけです。満州スパイラルの完成です。

ちなみにウィキで調べたら3割とは「うまい、安い、元気」とのこと。
なるほど、やっぱりいまいちわからないや。

満洲ロゴ

ビストロ岡田

蓮馨寺のすぐそばにある、昭和レトロな風情たっぷりの洋食店。
小さな店内に漂うソースの香ばしき匂いをひと嗅ぎすれば、ここが当りであることがすぐにわかるだろう。
故・池波正太郎氏が絶対に好きそうなお店である。この自説にはかなりの自信があり、もうこの際、好きそうではなく好きだったと言い切ってしまいたいほどなのである。
嘘はいけないのである。

「どこへ行っても街の色が失われてしまった現代にあって、今なおむかしの面影を色濃く残す川越は、じつに貴重な空間といえる。
中でも、蓮馨寺の裏手にある〈ビストロ岡田〉で過ごす休日は、私にとって数少ない愉しみのひとつである。
その日の気分に合わせて好きなものをとり、ビールの小びんをのむ時間ときたら、
まったく「こたえられない……」ものだ。
勘定、安い。
満ちたりた気分で夕景帰宅し、私は仕事にとりかかる――」

おい突然どうした!? と驚きの皆さん、安心してください、僕は正気です。
ただ降霊しただけです。

とにかくここのロールキャベツは最高の一言。どこからがキャベツでどこからが具なのか判別できないほどのとろけ具合を、ぜひ一度味わってほしい。その境目のあやふやさは、眠りにつく直前に感じる現実と夢との境目に似ている。
まさに「夢見心地……」なのだ。
今うまいこと言えたのか言えてないのか、その境目もわからないのだ。

太陽軒

太陽軒

なんだ、ただのクリリンの得意技か。
そう思ったあなたはドラゴンボールの見すぎだ。
そしてそれは太陽拳だ。光るだけの技だ。天津飯も使える。どうでもいい。
太陽軒とは、県内最古の映画館スカラ座の隣にある有名な洋食レストランである。
一見、無機質ながら温かみのあるレトロモダンの建物自体が、非常に価値があるらしい。
いかにも美味しそうなものを出しそうな外見は、それだけでひとつのメニューと言ってもいい。
そして格式高い店内は一歩入った瞬間から客人を別世――わからない。
そうだ、おれは外観しかわからないじゃないか。

ホワイト餃子

ホワイト餃子

本川越駅のすぐ目の前、人目を引く大きな看板が目印の人気店、それがホワイト餃子だ。
特筆すべきは、やはりそのキャッチーな店名の強烈なインパクト。
だってホワイト餃子ですよ。心の中に一瞬「ん?」という不思議な感情が走りますよね。

よくよく考えたら白色以外の餃子なんて見たことないんですよ。
いやだからこそ盲点をつかれたというか、その手があったかというか、コロンブスの卵というか、ほらこういう意味不明な文章を書きだすほどに脳が混乱をきたすわけですよ。
今ぼくの脳内に「シニア爺ちゃん」とかいう謎のオリジナルゆるキャラが浮かんでいるのも、すべてはホワイト餃子のせいですよ。
今日はもう寝ます。おやすみなさい。

すぺいん亭

「ジャパニーズに本物のパエリアが作れるかって? 答えはノーだ。さっさと帰ってママにカップヌードルの作り方でも教えてもらいな!」
そんな嫌味なスペインマッチョがいたとしよう。その憎たらしい口に無理やり詰めこんででも食べさせてやりたいのが「すぺいん亭」のパエリアだ。
なんとここのオーナーシェフ、本場スペインはバレンシア・スエカのパエリアコンクールにアジア人初の挑戦、さらには国際部門で3年連続で優勝しているという輝かしい経歴の持ち主なのだ。
日本パエリア界のパイオニア。略してパエパイである。略す必要はゼロである。むしろマイナスである。

とにかく少しでもその世界トップクラスの味を説明したいのだが、残念ながらおれにそこまでの筆力はない。あったらパエパイとか言いださない。食べてくれとしか言いようがない。
強いて言うなら、黄色く染まったライスといえばドライカレーしか食べたことのなかったおれにとって、カレーの味がしないことがまず衝撃だった。
すごく馬鹿なことを書いてしまった。

話を戻そう。驚くべきことに、この店のすごさは味だけではないのだ。味覚だけでなく視覚。そう、店そのもののビジュアル面がこれまたすごいんだ。
まずは外観。洋館チックな外壁に立てかけてある超巨大な鍋を目にすれば、10人中8人は非現実感あふれるワンダーな世界が始まる予感にワクワクするだろう。
残り2人のうち、1人はメガネの度がおかしくなったと慌ててはずし、地面に落として悲鳴をあげるだろう。
もう1人はバックで駐車するのに手間取っているところだから、話しかけないでおいてあげよう。

店の外でこれだから、中はもっとすごい。
ステンドガラスからは七色に染まる光が差しこみ、そして――って、いや本当に文章で表現できるレベルではないのだ。ぜひ一度ご自身の目で見てください。
とにかく、この空間を目の当たりにして、写メを撮るなというほうがムリな相談というくらいの素晴らしい内観だ。(※撮るときはお店の人に許可をもらいましょう)
慌ててスマホを出して落として頭を抱えているのは――またお前か、メガネ!

ちなみにここはパエリア以外にも、絶品スペイン料理がいっぱいメニューにあるので、大勢でいってシェアするのもまた楽し。
「ああ全然メニューが読めない。なんであの時おれはメガネをはずしてしまったんだろう。スマホも落とすし最悪な日だ……」
そんな彼には特製サングリアをおすすめします。
飲んで忘れよう。そして明日Zoffに行こうぜ。

すぺいん亭内装 パエリア

数々の料亭

初音屋

京都の次に料亭が多いとされる川越。
ほんとかなぁ。と訝しがるほど、おれの目には入っていなかった。
きっと、一度も行ってないせいだ。
きっと、そこに入るという選択肢がないせいだ。
きっと、お金がないせいだ。
一度は行きたい。てんつくてん。

北海道ラーメン

蔵造り通りにあるラーメン屋。
観光客の姿がまばらになった夕暮れどき、突如店先の大提灯に灯りがともる。
こんな一等地に店を構えておいて、昼は沈黙を通す観光客度外視っぷりがロックな孤高な存在。
雰囲気も味のうち。というポリシーを持つおれが、軽く百回以上行っている大のお気に入りの店。
けっこう前の奇跡体験・アンビリーバボーを録画したものがよく流れている。
おれの定番は味噌ラーメン、餃子、日本酒、所ジョージ。
マックのスマイル0円を凌ぐ、ジョージ0円だ。 たまにアニマルプラネットも映る。所ジョージの部分がカモノハシになる。

この前行ったとき、一見のお客さんと居合わせた。
その客に「オススメはなんですか?」と聞かれたマスターは、
「いやー……味噌を頼む人が多いですけど、うーんあと醤油とか塩とか、あと最近ではつけ麺とか……」と答えていた。
これはこの店の全ラーメンだ。
最後は「結局、好みですよね」で締めくくっていた。

北海道ラーメン

ジャワ

ジャワ

知人の恩師のカレー博士が「全国各地のカレーを食べたが、結局ジャワが断トツ」と断言したとかしてないとか。
一度行けばリピーターになる。少なくともおれが連れて行った人間は全員リピーターと化した。
東京に進出すればきっと大行列の名店になれるのだろうが、そんなことなんて考えたことのなさそうなポカーンとした鈴木福くん的な無自覚さが愛らしい。
ちなみにあまり知られていないが、その近くにはカレーの街、神保町の名店である欧風カレー・ボンディの支店もあり、実は凄まじいレベルの争いがクレアモールの裏道で起きている!!

――とか言ってたら、いつの間にかジャワが閉店していました。それ以来ぽっかり開いた心の穴がふさがりません。いつでも探しているよ、どっかにジャワの姿を。向かいのホーム、路地裏の窓、こんなとこにいるはずもないのに……。

いも膳

「せっかく遊びに来たんだから、ここでしか食べられない美味しいものが食べたい!」
こう考えるのが観光客の常であろう。
では川越に来た場合、どこの店をチョイスすれば正解なのか。

そう、いわずもがな観光先での食事は超重要である。デートが盛り上がるかどうかは、店の選び方でかなり左右されるといっても過言ではない。ここでのマイナスは後々まで尾を引く。
すでに恋愛バブル崩壊後のこなれたカップルならいざ知らず、現在発展途上お互い取り繕いまくり関係ならば、なんとしてもここはキメなければならない。
お店の選び方ひとつでも、女子は厳しく査定しているのだ。あっちだこっちだやっぱそっちだもうマックでよくね? みたいな事態は絶対避けたい。
"あーこいつマジ使えねー"そう思っているときの女子の目の破壊力はすごいぞ。月9から一転、北野映画が始まるぞ。
おれ自身の経験からいってもやっぱり、店選びがグダりだすと結構な率で嫌なギスギス感がうまれる。
ちょっと例を出してみよう。

おれ「あーなんかお腹へったなあ」
宮崎あおい(仮名)「あっ私も。けっこう歩いたし、もうお昼だもんね」
おれ「よし、どっか店入ろっか。あおいは何か食べたいものある?」
宮「んー、なんだろうなぁ、私なんでもいいよ」
おれ「じゃあハンバーガー行こ!」
宮「う~ん、ハンバーガーって気分じゃないんだよなぁ」
おれ「えーと……じゃあカレーにしよっか! ナンとかつくインドっぽいやつ!」
宮「う~ん、インドカレーでもないんだよなぁ……かといって欧風でもないんだよなぁ……」
おれ「――もう! なんでもいいって言ったのはどの口だ!」
宮「この口だ! がおーっ」

ああっ楽しくなってもーた!ギスギスしたくないあまり、無意識に流れを変えてしまった!名前の設定が原因だ!
ちょっと今のは忘れていただいて、振り出しに戻ろう。ごめんなさい。
要するにおれは川越でしか食べられない料理が食せる名店を紹介したいのだ。
個人的な好みとしては、つけ麺史に残る名店「頑者」に並びたいところだが、ここの長い待ち時間と常に後ろで誰か待っている慌ただしさは、二年目くらいのカップルでないと厳しいだろう。
というわけで、いも膳にゴー!である。

いも膳は川越を代表する名店として、古くから知られる老舗和食店である。
店名からわかる通り、川越の特産品サツマイモをメインとした数々のご馳走が揃っている。サツマイモを美味しく美しく調理することに関しては、ここの右に出るものはいない。
サツマイモがここまで化けるのか、というほどポテンシャルを最大限に引き出す川越の魔術師だ。
いも膳の手にかかったサツマイモの覚醒具合は、ここ数年の石原さとみの変化とどこか似ている。

宮「がおーっ」
ごめんごめん妬くなよ、あおい。

いも膳 いも膳懐石

ビアザウルス

昔から"行きつけのバー"というものに強いあこがれを抱いていた。カウンターでちびりちびりと飲む琥珀色のウイスキー。そんな哀愁と色気の混じりあった男の背中にあこがれを抱いていた。
あわよくばそんな男の背中を、好きな子に偶然見てもらうことに強いあこがれを抱いていた。
やはり大人のイカした嗜みとして、なじみのバーが欲しい。

カランカラン――
おれ「マスターひさしぶり!」
ひげのマスター「おいおい、こりゃあ珍しいお客さんだ。二か月も顔見せないから、今頃どっかでおっ死んでるもんだと思ってたぜ」
おれ「ははっひどいな、そうだ、まだおれのボトル残ってたっけ?」
ひげ「ラッキーだな、ちょうど今捨てる寸前だったぜ。――にしても、そちらのお嬢さんは?」
宮崎あおい(仮名)「はじめまして」
ひげ「こちらこそ――まあ、あえて関係は深く聞かないが、とにかくコイツには気をつけなよ。あんたみたいなカワイコちゃんには目がないんだから」
おれ「ははっマスターには言われたくないよ。じゃあ僕はいつもの。この娘には、そうだな……ドレスの色に合ったカクテルを――」

と、こんな感じにバーへの重篤な中二病を患っているおれが、唯一入ったことのあるバーがビアザウルスである。
世界各国の珍しいビールが豊富にそろっており、一晩でビールの世界一周も可能なビール好きにはたまらない店である。
が、いかんせんアルコール弱者のおれは、せいぜいジョッキ一杯が精いっぱい。
マスター、オレンジジュースをストレートで。

ビアザウルス ビール

元気

クレアモールにあるガテン系焼き鳥屋。安い!うまい!やっぱ安い!の名店。
週末は常にワールドカップ並みの熱狂に溢れていて、おれのようなもごもごした声のトーンじゃ、まったく話ができない。

もう相当前になるが、友人がバイトをしていた。彼は買出しの際、胸に「元気」と書かれた元気いっぱいのハッピを着たまま車と衝突するという事故を起こしている。
心配されてる間も胸には「元気」。救急車で運ばれてる間もしっかり「元気」。ましてハッピだ。
こんなに服に負けてる奴は見たことがない。
救急車内で薄れゆく意識の中、「全然元気じゃねえな」とぼんやり思ったとか。
もちろん大事には至らなかった。

メガガンジャら頑者ファミリー & 麺屋 旬

旬

川越のラーメン屋といえば、もはや伝説ともいえる頑者
濃厚魚介つけ麺というラーメンの新ジャンルを創りだした全国のラーメンファンに知られる名店だ。
ちなみに頑者は、本川越駅前以外にもひかり、メガガンジャ、UGR(アンダー・グラウンド・ラーメン)と川越を包囲するようにガンジャファミリーの店を展開して、すべて違う味とこだわりを出している。

実は川越はなかなかのラーメン激戦区だ。
昔ながらの良い意味で雑なラーメン屋から、ラーメン戦国時代に成り上がりを夢見て日々戦う矢沢永ちゃん系ラーメン屋まで、バラエティに富んだ店が集まっている。
前者はある種、店主と客の妥協と諦めから育てられた揺るぎない安心感がある。ジョン・レノンが「イマジン」で歌った、お互いを許しあうピースフルな世界の体現だ。
後者のほうは、当然ながら通の厳しい視点に育て上げられた味とこだわりが満載の店だ。

ただおれは味にもこだわるが、それ以上に空間にうるさい男だ。
緊張感あふれる店内で、後ろに並んだ人間のプレッシャーと戦いながら食べるなんて、それだけでマイナス1兆ポイントは堅い。そしてこういう店だと必ずラーメンの写メを撮り出す奴がいる。
だから基本的におれは前者の店、にも関わらず味もそこそこ良さそうという店をセレクトの基準にしている。

旬はそんな川越に突如現れたニューカマーだ。
タイプ的には完全に永ちゃん系成り上がり店なのだが、なんだろう、あのスマートさ。
昔イギリスの音楽カルチャーでは皮ジャンを着たマッチョなロッカーズに対する、スーツを着こなしたモッズなる人種が台頭したわけだが、旬はまさにモッズである。
ハチマキではなくスカーフ。前掛けではなくスーツ。長靴ではなく革靴だ。いや実際にそんな奴が厨房に立っていたら、ふざけるなと激怒するが、ただそれくらいスタイリッシュってことだ。
とても丁寧な美しい盛り付けを見ると、それだけで不味くても許す。くらいの気分になる。
そしてうまいんだ。コクと旨みがありながらもしつこさがなく、そして品がある。そして立地条件が悪いんだ。このクオリティで駅前だったら、連日の行列店になっていたろだう。おれは見向きもしなかっただろう。だが駅から徒歩三十分のところにあるため、行列は土日だけだ。ラーメンの写メを撮る奴とも出くわしたことはない。というより永ちゃん系では珍しくテーブル席があるため、誰か連れていけば知人の顔だけを見てリラックスして食せる。

みんなに知ってほしいけど、知られたくない。この複雑なファン心理は、AKB初期からのファンのあなたならわかってくれるだろう。

藤店うどん

少し前にブームになった讃岐うどん。
例に漏れず、ブームの最中に食べまくったわけだが、いや本当にあれは美味い。
まず、その潔くシンプルなスタイルに色気を感じた。ぶっかけや釜たまの美味さももちろん衝撃的だったのだが、なにより醤油と大根おろしだけですする"しょうゆ"というスタイルは、丁寧にだしをとったつゆとメインとなる具があってこそのうどんという、おれの固定観念を粉々に打ち砕いてくれた。ずるるんと勢いよくすすった麺が、そのまま直行でのどの奥に消えていく体験は、味がわかんないのに超うめぇ! というまさに未知との遭遇だった。

"はなまるうどんしか食ったことがないくせに、よくもぬけぬけと讃岐うどんを語れるな"
そんなおれ自身による心の声が聞こえるが、あえて無視して先に進もう。
そう前述の通り、おれは讃岐うどんが大好きなのだが、それでも"讃岐 イズ ナンバーワン"みたいな言われ方をすると、「ちょ、待てよ!」と瞬時にキムタクになってしまう。
なぜなら埼玉には武蔵野うどんがあるからだ。

武蔵野うどんの特徴を端的に言えば、肉汁つけうどん。
むっちりとした重量感ある極太のうどんを、豚肉の油が光る濃厚なつけ汁に浸しすすりこむスタイルの、"粗にして野だが卑ではない"漢(おとこ)のうどんである。
武蔵野うどんを出す店は市内にいくつもあるが、その中でもカリスマ的存在なのがこの藤店うどんだ。なにげに駅から離れていて、徒歩で行くにはなかなか面倒くさい場所にあるにもかかわらず、昼時は行列必至という超人気店である。
その地味な外観からは想像できないが、店内に一歩入ると、そこはライブハウス顔負けの熱狂的な空間で、汗っかきのおれはすぐにハンカチを取り出す。
ワイシャツを着た男たちが醸し出すオーラは「食う」ではなく「喰う」であり、それをまた清潔感のある女性店員が軽快なテンポでさばくもんだから、そりゃあフロアにはグルーヴが生まれるってもんだ。
待って、食って、去る。おれが好きな小説家、馳星周のスピード感あるハードボイルドな文体が似あう店である。

「席が空いた。店員が笑顔で近づいてくる。掌に汗がにじんだ。――おれの番だ。
案内されると同時に口が動いた。「肉汁うどん、並で頼む」――いや、待て。一瞬の逡巡。「やっぱり中盛で」
スマホを開く間もなくうどんが運ばれてきた。箸を割り、麺をすすりこむ。その瞬間、汁が飛んだ。
突然スローモーションになる視界。ワイシャツで弾ける出汁の香り。胸元に茶色い染みが広がった。
声にならない叫び――"ちょ、待てよ!"」

ぜひこの熱狂的な空間を体感してください。

藤店うどん 肉汁うどん

オールド・スパゲティ・ファクトリー(OSF)

体育館のごとく広い店内。アンティーク調の高そうな家具とシャンデリア。店内の中心にはなぜか電車。そして「パンが美味しい! スパゲッティより全然!」との複雑な評価でおなじみだった店である。残念ながら閉店に追い込まれ、建物も取り壊されてしまった。

その昔ここでバイトしてたわけですよ。らっしゃーせ、らっしゃーせ言ってました。店内の音や匂い、その他の雰囲気すべてが鮮明に焼き付いているだけに、あの場所がもうないのが不思議でしょうがない。
青い春です、まさに。思い出がありすぎてほとんど思い出せないくらい青春ですよ。しかも3回辞めて3回復活してるから思い出の時系列がぐちゃぐちゃですよ。最後のほうなんて辞めてんだか辞めてないんだか自分も店長も周囲も把握できてませんよ。
店がなくなってだいぶ経つけど、今の人脈の半分くらいがこの店繋がりなことを考えると、少なくとも人生でバイト先だけは当たりだったなと思います。

オールドスパゲティファクトリー オールドスパゲティファクトリー

店内にレトロな電車があり、その車内にもテーブル席がある。もちろん土日は子供天国。銃弾のように子供が走っているので、パスタを運びに車内へ入る際は注意が必要。
そしてバーカウンター。本来のバーとしての役割はまったく果たしていないが、おれの青春のステージとしては大活躍だった。
木村ちゃん木村ちゃん、ビールが噴射したよ! 早く早く!
――あ、いや、シンゴさんは大丈夫っす、はい、戻っていただいて、はい。
ちぐちゃん、なんかおれ忙しいからセンターも見といて!じゃ!

オールドスパゲティファクトリーUSA オールドスパゲティファクトリーUSA

この二枚は本家アメリカ店の写真。ジャック・スパロウがいても違和感のないクラシックな雰囲気がたまらない。
で、気づいたんですけど、フロアの写真見ながら作業してたら本当に無意識のうちに、文章が敬語になっていました。職業病というか悲しきパブロフ犬ですよ。
もうひとつ言うと、店内の電車の写真見て気づいたけど、おれの好きな色調ってこのOSFの影響受けまくりですね。孫悟空が世界の果てまで行ったあと、お釈迦様の掌の上だって気づいたときもきっと同じ気分だったのではないでしょうか。うん自分で言っといて、ピンとこない。

ちなみに日本で現存するのは神戸と名古屋の二店舗のみ。
パンと内装に関しては間違いないんで、お近くにお住みの方はぜひ行ってみてください。

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